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帰りの電車の中で自分に何度も言いきかせた。全ては終っちまったんだ、もう忘れろ、と。そのためにここまで来たんじゃないか、と。でも忘れることなんてできなかった。直子を愛していたことも。そして彼女がもう死んでしまったことも。結局のところ何ひとつ終ってはいなかったからだ。
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男ははてな・ブログを立ち上げる。そこに書くべきことは何もない。葛藤も挫折も目標も反省も、書かれることを必要としていない。140文字以上の言葉はもちろん、本当の話をしてしまえば、下手したら10文字もいらないのかもしれない、それがこの現在。俺たちが属している時間。俺たちは――いや、もう、一人称における誠実さのためにあの呼称の使用を控えるのをやめてみたいと思う。
「僕」たちは、それくらいに歳をとってしまったのである。
年齢なんてものを伏せるのは、何かをしている際、「え、まだ1〇歳だったの!? 若!?」の意味しかなくて、だから俺にとってはもうそんなのは関係のない話で、鏡に映るのは27歳で、水切りで全力投擲をすれば肩をいわすのを確信するような、あれほど理解できなかった毎朝コーヒーを飲む習慣にすっかり取り込まれてしまったような、この先の話に具体性がないと呆れとともに狂った人間だと認定されるような、少なくとももう若くはない人間だ。いいよいいよ、Twitter調の細かな果てのないツツキはさ。だってあの頃視点であったなら、生きてさえいれば俺はもう立派な大人になっていて、まあ、とにかく立派だったわけだ。まったく、別人を自分に見立てるようなばからしいある種の保母さんお母さん的勘違いだが、その感覚を否定してやることはできない。それがたとえ、真実ではないにしても。
あの頃。
それをどこに定めるのがふさわしいのだろう。一番楽しかった頃? 一番人生が上手く行っていた頃? 希望しかなかった頃? モテまくり勝ちまくりだった頃?
であれば、それらが割合の多くを占めていた歳?
一言だけ言っておこう。残念でした。俺にはそんなに輝いていたあの頃、なんてものはない。けれども、俺はその存在を確信しているし実感もしている。とすると、あの頃なんて実際にあったかどうかもあまり関係がなくなってくる。これは本当なんだよ。あの頃ってものは実体がなければ成立しない、そんなにつまらないもんじゃないんだから。むしろその内のエピソードが具体性を帯びるにつれて俺たちのものではなくなっていってしまうものだから。過去のように思えて、その実未来への憧れが閉じ込められているものだから。
まあ、こんな説明にもならない説明はいいか。結論ありきのつまらない見え透いたいやらしい問いだった。なぜなら俺はその歳をずいぶん昔に―おそらく、その歳以前の時分で既に―決め打ちしていたのだから。
そいつはもちろん、17歳。
そう、2025年最後を飾る、本ブログのキーワードは…
10年。
あれから10年が経ち、俺は27歳にいる。
その通り、確かに17歳は全くの過去だ。大変な大昔だ。
そして俺が言いたいことは、下の画像一枚で充分すぎるほどに充分だ。

けれど。
それでも長々と書こう。冗長で散漫で感傷に寄り道して自意識であることを理解しながら。あれほど腐れ縁だったこいつらも今では瑞々しさを失くし疲れ切っていることを理解しながら。
これは俺が俺に向けて空元気製の発破をかけてやることが主旨なんかではない。30歳の時までの期間をどうにか乗り切ってやろうという口実でもない。じゃあなんなんだよ、これは、と思うかもしれないが、まず結論から言ってしまえば、青春ラブコメ終了済みの青春ラブコメで、エロ・ゲームのないエロ・ゲームだ。
つい、この前の大昔のことを思い出す。
「僕」は最上階のあの場所を目指し階段を上っている。誰も見ていないにも関わらず、落ち着き払って見えるよう、まさに当然のような顔をして。けれど、左手で持っている手紙が気になってしかたない。本当に余裕がない。心臓ってやつがここまでうるさくなるなんていうのは発見だな、とかなんとか自分と距離を取ろうと卑怯になって、いやいや、ここでカッコつけなくてどうするんだと頭を振り気合を入れる。とはいえ、不安は増してきて、いまさら手紙の内容を書き変えたくなってくる。うまく伝わらない気がしてる。でも今更なんだよな、昨夜、僕なりに精一杯頑張ったんだぜ? と諦めるように納得する。
書いては消して書いては消して、紙が汚れて新しいのにしてまた消して、もはや書くよりも消すのが目的になってしまったような気がしながら、バカみたいな時間を費やして、やっとの思いで書き終えたんだ。それでさ、改めてそいつを読んでみて、支離滅裂で、まあかなりキモくて、でも、四十回目くらいでどうにか最高のように思えてきたじゃないか。睡眠不足が見せる幻。それこそが万全ってやつだろう?
そうこうくだらない回想をしている間に、扉の前に立っていた。頬を汗が伝う。夏だった。ここを開ければきみがいてくれるのだろうし、でも、そもそもすっぽかされているかもしれないとも思うわけだけど、その実ひどく安心していることに気づく、だって僕が好きになった子なのだ、答えはどちらであっても、きっといてくれるはずだ、いてくれただけで更に好きになる自信が湧いてくる。いよいよ本当に手遅れになっていると笑ってしまう。
意を決して、ドアノブを回す。西日で前が見えなくなるけれど、かまわず一歩を踏み入れる。風が吹く。光が浚われるように散っていく。バカだった。僕って本当にバカだったと思う。だってきみのその顔を見ただけで、手紙の存在なんて一瞬で忘れてしまって、誰にでも言えるようなことをこの声で言おうとしているんだもんな。
それでは何も伝わらないと諦めていたからこそ、文章に頼って手紙を書いたっていうのに、まったくの無意味だった。
その顛末も結果もみなさんの想像の通りで、あえてここで大げさに書くことはないので割愛するけれど、以来、俺が愛し信じるものといえば迷いなく無意味さと出てくるようになった。
×××
俺は無意味なものが好きだ。社会・現実として意味をなすことはないというのに、自分の中にだけは確かに意味を感じさせてくれるものたちが。
×××
17歳は17歳で終わるべくもなかった。ほとんど架空を纏っていた17歳に17歳の俺が触れることはできず、20歳を過ぎても、24歳を終えても、ついぞ掠りもできなかった。20代前半が終わる頃にはなんとか、どうにか理屈を拵えて、何かしらの結論を出さなければいけない観念に駆られていて、だから、言い聞かせたわけだ。よくわからないが、とにかくその時間は終ったんだと。それだけは本当だと。そして俺は納得を目指した。納得をするには手ごろな理由に取り囲まれていた。掴み放題だった。将来。年齢。人生。周囲。形のある、わかりやすい、了解された現実はこうも掴みやすく、あの感覚なんて探しているばかりで負債が募る。無形のものは掴みようがないんだから。そもそもないものにまだ拘っているにしても、ともかく、もう時間は完全に終っていて、どうしようもない。こんなんじゃ、まるでいい歳こいてたった一人でライトノベルを読んでいるような浮世離れの仕方だ。少なくとも近くにいてほしくはない。こいつ、ワイワイとかできなさそうだしな。もうやめよう。いい加減に、潮時(誤用)だ。
そういうわけで、
二十代中盤というのは俺のリアリズムというか、俺なりのリアリズムだった。
時間切れなりの態度を俺は模索し見繕って、実行した。その内に身体が納得を覚えていくだろう。時間というものはすべてを押し流すし、それにふさわしい身体作りに励めば、逆手に取るようにその絶対の真理を利用できるのではないかと。
その試みは思いのほか、うまく行ってしまった。
それもそのはずだった。考えてみれば、俺は嘘で、いつだって何かの「振り」をしているような気がしていたんだ。
小学生の時は小学生の、中学生の時は中学生の、大学生の時は大学生の、あらゆる個人的な関係性においてもそうで、だから振りは俺の得意で傾向で人生で――、と言葉を並べて、ようやく思い至る。
まさしく今、俺は「振り」をしているんだ、と。
そう、「終った振り」ってやつを。
いや、事実としては終っている。間違いない。誰が何を言おうと決定的にその時間は終了した。「振り」なんかではなく本当に、完全に終っている。事実はもちろんとして、実感にも嘘を吐く機能はない。
だから、確信することができた。
何が終って、何が終ってないか。何が終ってくれないのかを。
一刻も早く捨て去りたかったそれらが、あれだけ解放されたかったあれらが、本当に恥ずかしいあれこれが、埋葬したい全てが、俺をまともな大人にさせなかったほとんどが、誰もがそれらを抱えられ、且つ許される特別な時間が完全に終っても尚、全く終っていないことに。
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彼女は小枝を地面に捨て、立ち上がってコートについた枯草を払った。
「ねえ、十年って永遠みたいだと思わない?」
「そうだね」と僕は言った。
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×××
あの頃から10年が経過して、俺はまた、あの扉の前に立っていた。
季節は変わらず夏なのに、ここは以前よりか埃っぽいし、ドアノブももはやついてるだけになっている。もういいよ、と思いながらも、高揚を隠せない。外れかけたドアノブを自然と強く握っている。遮断しきれない外気の熱。扉からは光が漏れていた。そんな細い光がいやに眩しくて、俺は目を閉じた。
ずっと続いている悪い癖だ。なにより一番に考えたいものがあると、いつだってそれ以外の細部ばかりを気にしてしまうんだ。それ以外でできた断片を集めて、パズルのピースように当てはめて、埋まらない空白にその姿を模る。そんな迂遠なことばかりをしていた。
君について。
君がここにいてくれるのか、いないのか。
昔はそんなことばかりを気にしていた。でも、今は違う。
いてくれなくたっていいのだ。
それで俺が君に落胆し、失望することなんてない、なぜなら10年も、つまりは一生を、君について考えてきたんだから。
でもただそればかりで10年という歳月を過ごしてきたわけじゃない。
外れかけたドアノブにうまく力を加え、建付けが悪くなった扉をあけること、そういうののコツも覚えたんだ。
目を開いて、軽く息を吸う。外の風に撫でられる曇りガラスと小さく震える扉。振動が手に伝わって、何かが零れ落ちないように、つなぎとめるように少しだけ力を込めた。
俺はこの感覚を知っている。遠く、忘れてしまったはずなのに覚えている。簡単に衝き動かされてしまう。あらゆるものが変わり、終ったというのに、まったく変わらず終っていない。君が10年前、この先で、僕を指して言った二文字を思い出す。君の見立ては正しい。俺はずっとそうだった。結局そのままここまで来てしまったんだ。
ひどい音を立てて扉が軋み、俺はその場所に一歩を踏み入れる。相も変わらず眩しくて、視界が真っ白になる。なじみ深く懐かしい白だ。一面の雪よりも俺はこれに白を思うよ。
そして、そんな今更に、もし君がいてくれたらなんて言葉を言えばいいのかと思った。
もう、以前のような、それ、ではない。単純なものではない。でも、それ、でしかない、俺がバカみたいな時間を費やして米粒程度の脳味噌で考えてきたあらゆる文章をまとめたら、それに行き着く。
でも、そうだ、と俺は安心する。
俺が戸惑っている間に、君が10年前と変わらないことを言うのだろうと。
ではもし、君がいなかったら?
同じだ。でも、視線に耐えられなくて目を逸らすことも、沈黙に追い詰められて適当な言葉を吐いてしまう必要はないのだ。時間は足りないくらいに多くある。
だから、何もかもがうまく伝えられるよう、恐ろしく長文で、もしくはあらゆる手段で以て、結局意味するものがあの時と変わらないことを言おう。
俺がこれからも一生をかけたいと思うことは、それ以外にはないのだから。
×××
23歳。よく晴れた一日が惜しくて、歩いてばかりいた。その度に思った。俺の連続性はいったいどこにいってしまったんだろうと。
だからこんな形で、つなぎ目を見つけることができて心底驚いた。
だって、それはすべてが終ったからに他ならない。
ようやく終ったのである。あの頃の俺が思った、若い時分が。
×××
上記のことをひとまとめにすると「17歳(2周目)」ということである。
この一年はそういう年だ。
×××
2026年1月、俺はどこかすがすがしい気持ちで街を歩いていた。
年末と年明けはエロ・ゲームで忙しいからという理由で実家に帰省せず、とあるエロ・ゲームで完全になっていたわけだが、17歳(ツー)だとさらに確信を深めていくわけだが、この話にはオチとも言えない句点がある。
そういうわけで、時期をずらした1月中旬に帰省をした。
そこで俺がいつも通り、この先どう生きていくか、どう生活していくかの甘ったれた話をしていると、父親は言った。
「いつまでも18歳ってわけにはいかねえからな」
いや、本当にその通りだと笑ってしまった。
×××
彼女の言葉には続きがある。
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彼女は小枝を地面に捨て、立ち上がってコートについた枯草を払った。
「ねえ、十年って永遠みたいだと思わない?」
「そうだね」と僕は言った。
(中略)
彼女は笑って煙草を灰皿につっこみ、残っていた紅茶を一口飲み、それから新しい煙草に火を点けた。
「二十五まで生きるの」と彼女は言った。「そして死ぬの」
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一九七八年七月彼女は二十六で死んだ。
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彼女の言った言葉には絶望が込められている。10年が永遠に見えるほど、「これ」は途方もなくどうにもできないものだ。
俺は少しだけわかる。いや、傲慢の誹りを受け入れてでも、よくわかると言いたい。彼女がどういう想いでその言葉を言ったのかも、そこに何を期待していたのかもおそらく。
でももう一生を生きてしまった俺は、それをわかりながら、身に沁みながら、精一杯の誤解と冗談を拵えるしか方法がない。
彼女が束の間でも自分の文脈から解放されて、「くだらないね」と笑えるように。
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そんな年末投稿予定で一月に倒れ込み、ついには四月の今になったブログを見て、ついでに雨のせいで早足で散っていく桜を見て、言うべきことは一つだった。
今年の桜も、最高に…………