数年前から「今年を漢字一文字で?」と問われたら「女性声優」と答えていたし、コンピレーションアルバム『真実の妹』にも四曲目に「女性声優」という楽曲を収録しているほどである。
ちなみに三曲目は「真実の妹」で十一曲目が「真実の兄」だ。
……が、真実の妹以外全部嘘。アニメやライブ他諸々で女性声優たち複数のトークが実際かなり苦手で、どうしても薄ら寒さを感じてしまいじっとしていられなくなる。冷笑というか単に落ち着かないのだ。微妙なぎこちなさに耐えられない。今回も何とは言わないが声優のトークショーがあったんだけれども立ち上がりたい衝動を何度も抑えていた。
病気だと思う? いや、病気はこれからなんだよ。
そういう時、俺は女性声優をロックオンして「この人が俺の幼なじみだったら」「先輩だったら」とニヤつきながら醜悪にすぎる、中学生のノートにも書かれたりなんてしないレベルのキモい妄想を開始する(というか、これぐらいのキモさはそこそこの歳にならないと滲み出てこない)。
ちなみにどうでもいいがここで俺の好きな属性である「後輩」要素が出てこないのは、純粋に舞台に立ち日の目を浴びる皆さんは俺と同年代か上に決まりきっているからで年下なんてありえるはずがないからだ。
で、トークでこぼれる言葉や身振り手振り、表情他それぞれを彫刻刀の刃にして世界から真実の形を取り出すべく切削を始める。こちらの身勝手な願いに引っ張られて対象を歪めてしまわないようにすることが何よりも肝心で、誤ってしまわぬよう傷つけてしまわぬよう慎重に慎重に掘り進めていくのは、自ら喜んで跪き上位者の足の爪を幾種類ものやすりで時間をかけて磨いていく感覚、つまり神に祈る感覚に近い。
そうして、ああ、そこそこ仲良くなってもあんまりぐいぐい来られるのが得意そうじゃないのは「昔から変わっていないな」とか、はしゃいだ笑顔を見せるのは「幼い頃飼っていて今はもう死んでしまったハナ(犬)か、俺かだけだったもんな」とか、「意外にアクセサリーには興味がなかったな……でも、ショッピングモールの300円均一のアクセサリーコーナーではやけに子供っぽいデザインのものを熱心に眺めていて、どこか俺にそれを気づいてほしそうで、即話しかけるのも癪だし恥ずかしいしで二回くらい呼吸を数えた後に声をかけると、もうそれだけで充分かのように「いらないんだけどね」と笑ってたな……」とか””思い出し””はじめ、——そう、こんな風に「幼馴染」の記憶がよみがえってしまえば、あとはもう椅子に深く腰をかけ、背もたれに自然に寄りかかるだけでいい。既に神への祈りは終わったのだから。
今回も色々な選択肢があったが、「そうか、ようやく夢を叶えて軌道に乗り出したんだ」と安直なこと思うことにした。すると手持無沙汰が故にしていた腕組みも必然性を獲得し真実の後方腕組みへと相成る。随分様になっていて、かっこいいじゃないか。
そんなことをしていると、すべてが意味と理由を持ってくる。
ここにいること、これを見ていること、拍手をすること、反応をすること。全部がとても誇らしい。なぜか人生についてもいくらか前向きになれる。
だって俺は女性声優の「幼馴染」なのだから――。
イベントも終盤に差し掛かり、恒例のリリース用写真撮影の時間になった。
スタッフがてきぱきと看板だのポスターだのを配置し、カメラマンが小走りで撮影ポイントに駆け寄る。女性声優は綺麗に横一列をつくって並び、俺は客席から腕を組み続けている。
……そういえば、あのときは写真に撮りはしなかった。俺は今よりも強かったのだ。そんなものを残さずともよかった。瞬間を形にして残すことは、「永遠」や「ずっと」を疑うようで後ろめたかった。俺は信じてやりたかったのだ。証明するため、証明しないことを選んだ。
だが、今は——。
カメラマンの掛け声。連続するフラッシュ。今が切り取られていく。
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どうしようもねえだろう? 全部。
ぽつぽつと降り始めた一秒後には「今までの全部嘘です」とふざけて言うようにどしゃぶる雨がごとき拍手に現実へと引き戻された俺は、慌てて手を合わせたり離したりだかして「真似」をした。この一回目も二回目も拍手とは言うことができない拍手擬きにすぎるがそれでも送り続けた。
そして、女性声優ははけていく。
壇上から下り丁寧なお辞儀をして、関係者しか入ることのできない、扉の向こう側へと消えていく。
ショーは終わりなんだ。とっくに、ずっと昔に終わっていたんだよ。
——けれど、拍手はまだ続いている。
——なら。
紛れさせることもできるだろう。俺の、少し意味合いの違う、個人的にすぎて、卒業式や入学式をも同時に含んでいるような、含んでいないような、とにかくどこか時と場所を間違えた、けれど””本物の拍手””も。
もしかしたら届くかもしれない。届かなくてもいいと思う。だから送ることができる。
拍手が終わるその時より少しだけはやく、俺の「幼馴染」は終わっていた。
閉幕を告げるアナウンスが流れると、あー終わった終わったと心の中で吐き捨てて会場を後にする。アニメについて話せる友達もいませんのでさっさと帰るに尽きる。もうここで病気も終了だ。あー、幼馴染? そんなものいるわけないだろ。女性声優? それ、なに? ほんとうになんだ、それは?
解散解散。こっちまでおかしくなっちまうよ。
——まあでも、俺にはいるんだけどね。女性声優の幼なじみが。
さあ、さっさと帰ろう。家で真実の妹も待ってる。
完。
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劇場版後編: 『Re:Re:病気』公開決定。
(ちなみにテーマソングは同タイトルで、コンピレーションアルバム『真実の妹』にも収録されている)